ムットン調査団396、大妻女子大加賀寮

各位

大妻女子大学の寮が新宿区の市ヶ谷加賀に昔ありました。今なら大江戸線の牛込柳町がちかいんでしょうが、当時は最寄り駅は市ヶ谷駅だけです。

市ヶ谷の駅から外濠の橋を渡り大通りも渡りルノアールの横の急坂を上がっていくと、やがて大日本印刷村になります。そこらじゅう大日本印刷の工場だったり倉庫だったり、15分から20分くらい歩くと大妻加賀寮に着きます。

大妻に入学する生徒のために大学が直営で設けた寮です。

あの坂道と大日本印刷村、何回歩いたんだろう

前方からは、男子大学生が一人、また一人と坂を下りてきます。私が坂を上ってから寮に着くまでに沢山の男子大学生とすれ違います。

私と(仮称)松山恵子も行きは二人で歩いて行き、私の前にも、後ろにも続々とカップルが歩いています。寮の前で別れを惜しむ恋人たち。

寮には門限があったので、門限時間前は大渋滞となります。

松山さんを見送ったあと市ヶ谷駅に帰る時に今度は私が一人で歩き、次々とカップルとすれ違うわけです。途中くらいからは、門限に間に合わないカップルが二人して走ってます。

門限を破ると何回か外出が禁止だったかな。

恵ちゃんと出会ったのは大妻との合コン。付き合っている彼女のことは黙っていました。

合コン当時、私が20歳で当時付き合っている彼女との心の溝を埋めたくてもがいていた時です。恵ちゃんは群馬から上京してきたばかりで18歳でした。

5対5くらいの合コンだったと思います、最初に見た時から恵ちゃんしかいないだろうと思いました。・・・彼女がいるのに何をしてるんだって、その通りです

店を出た時に恵ちゃんが寒がっていたので、来ていたスタジアムジャンパーを脱いで「これ着ていけよ」と渡しました。この時ジャンパー貸したら返してもらう時にまた会えるっていやらしい打算が働いていたと思います。

当然、後日ジャンパーを返したいのでと連絡が来ました。

二人で会って意気投合して楽しかった。

それまでは他の女友達には自分に付き合っている女性がいると話していたんですが、恵ちゃんにはなぜだか言えなかった。会っていても、常に罪悪感のようなものがあった。

この時の合コンで私の他に、もう一組カップルが出来たのでよく四人でも会ったりしてたなあ、そいつも確か彼女いたと思ったなあ。

恵ちゃんには高校の時からの付き合っていた彼がいて、大学に入学するため二人とも東京にきたんだけど、私のせいでその彼とは別れました。

私が悪いのはわかっています。だから私は惠ちゃんには一切、手をださなかったんです。

恵ちゃんは俺と付き合い始めたので、「彼が子供に見える、もう彼のもとには戻れない」と言っていました

この頃の数年の差って本当に大きいんですよ、俺も「あー何年か前の、まだガキだった俺を見ているようだ」と思った、彼はもがいても、もう駄目だし彼女はこの先彼のもとへは戻れないだろうということだけはわかった。

そんな清らか?な交際が続いているある日、惠ちゃんはある決断をしたんです。

「今日は外泊の許可を取ってきたので、帰りません」

俺がこの純粋な女性をここまで追い込んでしまったんだ。

据え膳食わぬは男の恥と言いますが、まさにその状態です。

でも、私の中では当時、据え膳くうは男の恥だと姉に言われており、ここで彼女とするのはまさに据え膳食うになるわけです。

私の姉は結構自分で遊んでたくせに、「確か宇崎竜童が据え膳食うは男の恥だと言っていたが、私もそう思う。だからこの言葉は忘れずに覚えておけ」と言ったんです。

なぜか姉の言葉がその後ずっと俺の行動を縛っていたような気がする。

友達からも、よく言われました。「なんでお前ガンガンとやらないんだ。周りにいい女たくさんいて、みんな友達なんて馬鹿みたいだと」

その時の私の台詞も覚えています「俺は愛のない〇〇〇はしないんだ」と青いことを言っていました。

もう惠ちゃんに言うしかありません。

惠ちゃんには「俺は惠ちゃんが好きでも、好きだとは言えないんだ」と言いました。

高田馬場駅の近くに白ゆりという24時間喫茶があり、そこで朝までいました。

惠ちゃんは、覚悟を決めてきていたので、それでも行こうと言ってきましたが、「ごめん、こんなくずみたいな俺が初めての男なんて絶対駄目だ。君なら、可愛いし、素直だし、明るいしきっと俺よりもっといい男が必ず現れるから。もう別れよう」

彼女は泣きながら「〇〇さんに彼女がいてもかまいません、〇〇さんたち二人がどうなるのかわかるまで、会っていたい、お願いします」何度もお願いされて、俺の心もぐらっときたけど。

ここまで言わせちゃ駄目だよね、そんな俺に都合のいい話は、この先さらに彼女を苦しめることになるから、「駄目だ惠ちゃん、もう別れよう」

こんな、いい女性を傷つけて泣かせる俺は最低だよね

本当に素直で良い女性でした。とっくに結婚してると思うけどこの人の旦那さんは幸せ者だと思います。

自分で蒔いた種だったけど、苦い思い出になりました。

大妻加賀寮は今もカップル達が歩いているんだろうか。