ムットン調査団376、友への見舞い

各位

先日、日曜日に私を含めて5人で学生時代の友人(仮称)本間の見舞いに行ってきました。

本間が入院していると連絡がきてから二日後の見舞いになった、その日に行ける奴だけ集合となり5人での見舞いとなった。

本間と私は早実時代に同じクラスになり親しくなった、高校時代に本間の家に何度か遊びにいったり本間の家の近くの図書館で一緒に勉強したりする仲だったので、当時結構仲が良かったんだと思う。

高校時代の本間は水泳部に所属しており早稲田大学に進学した後も早水会という泳ぎのサークルに属していた。

高校、大学と7年間水泳をしていたので逆三角形の体で腹筋もバリバリだった。まさに健康青年そのものであった。

大学に入った後で私は早実OBのたまり場(仮称)X研究会に入った。このサークルに入ることでどの単位が取りやすいとか大学生活での色々な情報を手に入れた。そして私は早実時代に自分の仲の良い友達に声をかけて私を含め10人以上の早実生がこのサークルにはいいた。卒業した後も核となる8人で今日までずっと会っていました。

この同期8人の中に本間もいました。

昨年の11月に8人全員そろって飲んだばかりでした。

みんな元気だったので、まあこいつらあと15年くらいはみんな元気なんじゃないかと漠然と思っていたんです。

そんな中、二月の終わりに娘さんからX研究会の8人ライングループに本間のスマホから連絡が入ったんです。

一月下旬に腰椎の圧迫骨折をしたので近くの病院に行ったら腰椎の骨折の他にエコー検査で腫瘍が見つかったので至急大きな病院で検査をしてくれと言われ、2月4日に検査入院をしたらステージ4の癌で他の臓器にも転移しており余命一ヶ月と宣告された、見舞いにくる場合は事前に連絡くださいと書いてありました。

びっくりしました。あの一番健康そうだった本間が余命一ヶ月なんて、何と言うか衝撃が走りました。

とにかく早く見舞いに行こう思い仲間と連絡をとって数日後の日曜日に見舞いに行こことが決定しました。

本間には娘が二人いて上の娘が高校受験で早実に合格、あの時、私は本間の娘は父親と一緒の高校に入学できていいなあと思っていたのをよく覚えています。

その一年後に本間の奥さんが癌で急に亡くなり、本間が男手一人で高校生と中学生の娘を立派に育て上げました。

多感な年ごろの娘さん二人を育てるのは本当に大変だったと思いますが二人とも父親が大好きな良い家族でした。

11月に我々8人で飲んだ後も本間は帰りに娘さん二人と待ち合わせて帰ったとラインで報告がありましたから、本当に今でも仲の良い親子だなと思ったのがついこの間でした。

面会当日、本間は俺たちと話せる状態なのかわかりませんでした、指定された時間にいくと先程起きたところだと言って、しっかりと話が出来ました。

もう治療はしないでこの後、緩和ケア病棟に移るとの事でした。

彼の中では、やはり残された娘さん達が心配だと、今後のことは全部に長女に話をしたと。

こういう時にどんな言葉をかければよいのか、よくわからなかったのですが本間がずっと腰痛で医者に行ってからその日までを話続けていました、本間の話が終わったあとで俺たちは学生時代を思い出し、昔話をしていました。面接時間が終了したので帰る時に俺は手を握ってから帰りたいと思い、本来は接触は禁止されていたんですが、本間に手を握っていいかと聞きました。本間は全然構わないよと言うので俺は部屋の中の洗面で石鹸で手を入念に洗いその後アルコール消毒したあとで本間の手を握りました。

あいつもしっかりと俺の顔を見て握り返してくれました。

特に何も言わなくても何となく心は通じていました。

「じゃあな本間」と言って部屋を出る時にもう一度あいつの顔を忘れないように、じっと見つめてから部屋をでました。