ムットン調査団109 勘違い、山が足りない

各位

 

私の学生時代にアルバイトを探す時はみんな週刊アルバイトニュースという冊子を買って、その冊子の中からアルバイト先を探すのが定番だった。

その時は冬休み中のアルバイトを探していて、期間的にもちょうどよいのが見つかりました。山本海苔です。お歳暮の時期なのでとにかく人手が必要なんです。配属先は都内の各デパートと書いてあります。

早速、電話をしたら、すぐに本社に来てくれと言われました。場所は日本橋三越の前だからすぐにわかりますとのこと、時間を決めて面接にいくことが決定です。

面接当日、アルバイトニュースの山本海苔の募集記事の部分を切り取ってブレザーのポケットにしまいました。あとは手ぶらで行ったと思います。私の家から三越なんて歩いてもいける距離ですが、銀座線で一駅乗っていきました。三越前で降りて地上に出て三越を背後に前方を見ると、ありました山本海苔の本社ビル。

早速、受付で〇時〇分にアルバイトの面接で呼ばれている大〇ですと伝えると、〇階の人事に行ってくださいと言われ、エレベーターに乗り指定された階の人事に着きました。

私はアルバイトの採用で〇時〇分に来るように言われた大〇ですと言うと、担当者が私を応接室まで案内してくれました。

担当者の方が座るとまず「アルバイトの募集は何を見てこられたんですか」と聞いてきました。私は心の中で「自分でアルバイトニュースに募集をかけてるくせに何を言っているんだこの人は」と思いましたが、まあ普通に「アルバイトニュースで知りました」と言いました。

この時代はネットなどない時代ですから募集はアルバイトニュースの一択しかないので、そもそも、おかしな質問だったんです。まあ、その質問が奇妙だったので、その時の面接をいまだに覚えているんでしょう。

担当者は私の履歴書を見た後で、仕事について軽く説明が終わった後で、どこのデパートが良いかを聞いてきました。ただし、三越高島屋、東急と日本橋のデパートは人手が足りているので、上野か新宿、渋谷、池袋から選んでくれと言われたので、家から一番近い上野を選びました。

そんなわけで私は上野の〇〇デパートの配属になりました。

デパートでの接客は割と私の性に合っていたみたいです。「宮内庁御用達、丸梅マークの山本海苔はいかがですか」と上品に呼びかけます。

トイレに行くときは「ビンキューにいってきます」と言って離れます。多分デパートごとに呼び方はあるんだと思います。

海苔の入った箱に紐を十字にかける結び方はいまだに体に染み込んでいます。

昼は社員食堂で山本海苔のお姉さんたちと一緒に食べます。結構、楽しかったですよ、周りはデパートの店員さんでいっぱいですから。

山本海苔のすぐ近くの売り場に山本山山形屋の海苔屋がありライバルでもあるんですが、お互い海苔屋さんでお隣さんなので、足りないものなどはお互いに貸したりして仲良くやっていましたので、山本山さんや山形屋さんの店員とも親しくなりました。

私はデパートの売り場に出て初めて山本海苔と山本山が違うことを知りました。

この当時はお中元やお歳暮の時期になるとテレビで海苔の宣伝がバンバン流れるんです。

多分、一年の売り上げのかなりの部分をお中元、お歳暮でまかなっていたんでしょう。

山本海苔は女優山本陽子を使い「丸梅マークの宮内庁御用達山本海苔」とCMを流し。山本山は「上から読んでも山本山、下から読んでも山本山」というCMを流していました。

現場の店員同士では山本海苔は「丸梅」さんと呼ばれ、山本山は「ヤマヤマ」さん、山形屋は「がたや」さんと呼んでいました。みんな頭に山がつくんで間違わないように、呼び方を工夫していたんでしょう。

私がいた山本海苔の店員は「うちは宮内庁御用達なので一番格式が高いんだ」と言っていました。あと他のデパートでは当時伊東四朗のCMでおなじみだった白子海苔も出店していたところもありました。

歴史はどの会社も江戸時代から続いており、一番古いのは1690年創業の山本山みたいです。

私は山本海苔と山本山の区別もつかなかったわけで、アルバイトで初めて海苔会社について少し詳しくなりました。

仕事はすごく忙しかったです。とにかくお歳暮で山本海苔の売れること売れること、デパート閉店のあとも発送作業があり連日残業でした。

当時、私のいたデパートでは山本海苔の売れ方は他の海苔屋より頭一つ飛び出していたような気がします。

短期集中で朝から夜まで働くのでバイト代は結構たまります。上野店のアルバイトは私の他に慶應の大学生が一人いましたのでアルバイトは二人です。

慶応の学生は4年生だったかな。彼は私に「誰の紹介で山本海苔でアルバイトしてるの?」って聞いてきたので、私は「アルバイトニュースを見てきました」と言うと。

彼は「ふーん、アルバイトニュースに出てたんだ、山本海苔は今まで縁故で友達が友達を紹介するだけで、広く募集はかけていなかったんだよ、老舗の会社なんで、しっかりとした人を紹介の形で採用してたみたいだよ僕も大学の先輩の紹介でここでアルバイトをすることになり毎年、夏と冬にアルバイトをしている、あとここでアルバイトしていると就職の時にうちで働かないかと言われるよ、自分も声をかけられたけど断った」と言っていました。彼は確かA硝子に就職したと記憶しています。

私も、アルバイトの採用に関しては、そうなんだ会社が方針を変えたのかなと思ったんです。

アルバイトもあと一日で終わる日、私は面接の時に来ていたブレザーのポケットにしまっておいた、アルバイトニュースの募集記事を捨てようと思い取り出して、何気に見たんです。

えっ、アルバイト募集「山本山」と書いてあったんです。うひぇー、山本山の募集に電話して時間指定の面接で私は山本海苔に行き採用されてしまい、今日までそのことに全く気が付かなかったんだ、びっくりしました。当時は山本山も山本海苔もどちらも三越の前に本店を構えていたんです、今は山本山日本橋高島屋ビルの中に本社は移転しています。

どうりで山本海苔の人事の方が「何を見て来たんですか?」なんて私に質問するわけだ、だったらうちはアルバイトニュースなんかに募集は出していないと言ってくれれば、その場でアルバイトニュースの紙をみて山本山だったと気づいたのに。

あの時、山本山さんには指定した時間に待ちぼうけをくらわせてしまった、悪いことをしてしまった。まあ、こんな間違いも起こるんですねえ。

今、どこの海苔が好きかって? そりゃあヤマヤマさんには悪いけど宮内庁御用達、丸梅さんですよ。

あのブレザーのポケットに入れた小さな紙きれを見ないで捨てていたら、私は間違ってアルバイトをしたことに気付かなかったままだったんです。

でも世の中、気づかないだけのことって結構あるかもしれませんね。

ちなみに、私も丸梅さんから就職の声がかかりましたよ。