53-2、真夏の夜の夢
大学のサークル仲間と一緒に神津島に行く日がきました。
行きは夜に竹芝桟橋からの出航なので、浜松町から歩いて行ったんですが、その道中で、すでに若者であふれていました。南の島に行くんだという雰囲気が漂っていて高揚感もありました。夜に集合して帰らなくても良いというのがまた少年時代の冒険心を呼び覚ましワクワクするんです。
そして、いよいよ乗船です。船の中も若者でギッシリです。無事乗船したのは良いのですが、とにかく時間がかかるんです。船が一度桟橋を離れたら10時間は揺られますから。船酔いもします、夜出て翌日の午前中にやっと着くんです。
でも島に着けば、それまでの疲れは一気に吹き飛びます。なんてったって、そこには都会にはない真っ青な空にどこまでも広がる青い海、まぶしすぎる太陽。
そこは若者たちの情熱で溢れかえる南の島の楽園、神津島。
宿は民宿でしたね、部屋に着いたら早速、海に泳ぎに行って日が暮れるまで海辺で遊んでいました、その後は宿に戻って夕飯を食べる。
帰る前の夜だったと思います、もし一泊なら着いたその日の夜と言う事です。
横田が夜も海の近くに有名な橋があって、みんなそこに集まると言うので我々も行くかとなり出かけました。すごい人でしたね、そうまるで花火大会の夜店の前の人だかりのような群衆で全員若者だけです。圧巻の光景でしたね。
横田が「あそこの橋が有名なナンパ橋だ。ここにいる連中はみんなあの橋に行ってナンパするんだと、この島に来て、あの橋でナンパしない奴はいないんだ、見に行こうぜ」
確かにそこらじゅうで男たちが女性グループにナンパしていましたね、なるほど正式な橋の名前はわかりませんが通称ナンパ橋といわれる所以がよくわかります。
まるで島にいる若者がその橋を目指して全て集まっているような、そこは熱気と喧騒に包まれており、男はギラギラと獲物を狙う野獣のような目を血走らせていたし、女たちも誘うような目で男たちを品定めしている。女たちは夏の島の中で肌を極端に露出した恰好でまるで男たちを挑発しているかのようでもあったし、屋台や屋外の飲み屋の匂いが祭りの夜を連想させ、並ぶ露店は縁日を思わせノスタルジーをくすぐる、何とも言えない解放された南の島。そんな全ての雰囲気がそこにいる若者たちを熱気のうずに包み込んでいく。行ったことはないがリオのカーニバルの熱気ってこんな感じかな。
一夜限りのアバンチュールを求めて都会から来た若者たちがこの閉ざされた島のこの橋で交錯する。夏の暑さと異常な若者たちの熱気の中で私たちもその渦にあっという間に飲み込まれていった、それはあらがう事の出来ない自然の法理のように、ぼくらを飲み込んでいったのです。
気が付けば僕らも大きな島の狂気の中に巻き込まれ、それが当然のように女性達と出会い一緒に飲んでいました。
場所はビアガーデンのように天井のない何百人も入るかなり大きな場所で飲んでいました。周りも似たような店が多くひしめき、どこの飲み屋も超満員でした。
私たちが出会った女性達は確か女子大生だったと思うんですが、記憶が曖昧なんです。飲み会は大いに盛り上がりましたね。そしてその店を出た後みんなでビーチに行こうと横田が言い出したんですが、女性達は「もう遅いし、宿に帰る」と言っていました。
横田が言うには、うまくアタックに成功したカップルになった二人は、浜辺にいくとの事です。そこから先は・・・・ご想像にお任せします。
まあ、「帰る」と女性達が行ってるんですから、そこはしょうがないですよね。祭りは終わったという事です。何事もあきらめが肝心です。
みんなとりあえず即席のカップル状態にはなっており、めいめいが話しながら歩き始めました。俺の前で横田があきらめ悪く「ビーチにいこうよ、何が欲しい?帰りに店で何でも買ってやるから」と最後の抵抗をしていました。
でも、結局みんなで宿まで送って行くことになり、私も横にいた女性と話しながら歩いて帰りました、どんな女性だったかほとんど思い出せない、落ち着いた大人の女性のようだったイメージが、かすかにしか覚えてないなあ。何を喋っていたかも全く覚えていませせん。
もうすぐ宿につく直前の彼女の言葉と行動だけは鮮明に覚えています。
歩いている時、俺たちはいつのまにか一番後ろになっていたんです。
彼女が突然立ち止まり、いきなり俺にキスをしてきたんです。一瞬のキスではなく、やや濃厚なキスでした。
これはビックリしました。完全に意表を突かれました。
その直後、彼女が私に抱き着いたままで、耳元で「本当はしたかったんでしょ?」とささやいたんです。
何も言わず黙っていたら、彼女が「また逢えたらね」と言って、私から離れて宿に消えていきました。
むこうの方が役者が一枚上手ですね。
祭りの魔法は一晩たったら解けてしまい、二度と会えないくらいはお互いわかっています。
島の掟は一夜限りの恋なんだから
神津島と聞くとこの場面が強烈に思い出されます。彼女のストレートすぎる言葉と柔らかい唇の感触と潮の匂いが、私を南の島に誘うような気がして。
頭の中ではユーミンの「真夏の夜の夢」が響いてきます。私にとってのカリビアンナイト は神津島だったんです。今から40年以上前、神津島の夏は若者の異常な熱気と興奮に支配されていた欲望の楽園だったのかもしれません。
今日は家に帰ったら久しぶりに「真夏の夜の夢」を聴いてみることにします。遠い過去に置き忘れていったものを一瞬だけ思い起こすために。
曲が終わったら、また忘却の彼方に思い出をしまってきます