ムットン調査団261、年度末

各位

今週はバタバタとした一週間でした。今週で今年度が終わりますね。

私は声は少しでるようになりましたが、まだかすれています。少し良くなったかと思うと、すぐに悪くなったりして本当に煩わしい状況です。

なのでまだ薬を飲んでいます。今週の火曜日には薬が切れてしまったので早退をして耳鼻咽喉科に薬をもらいに行きました。これで喉に関して医者にいくのが最後になるといいんですが。それにしても喉の不調の期間が長すぎです。

火曜日に医者から出た途端に土砂降りの雨に降られて全身ずぶ濡れになりました。春の嵐みたいな感じですごかったです。

その前の日の月曜は今年度で役所を去る管理職のAさん含め3人で飲みました。

私はずっとソフトドリンクでなるべく声を出さないようにしていました。

Aさんは一日に一回は私のところに顔を出していてくれたので、やはり寂しいですね。

そんなAさんとのお別れ会ですから全く声がでなかったとしても絶対にその飲み会には参加したでしょう。

まあ別れの盃といったところでしょうか。

南の空に飛んでゆく仲間を地上で見送るような心境です、俺も後に続くから九段の靖国神社でまた会おうと誓いあいました・・・嘘です、でも一緒に飲んだのは本当ですよ。

話は変わりますが今日は歓送迎会の日について、どこの日が都合が良いのかを職場の幹事さんに聞かれました。

歓送迎会なんてしばらくやっていなかったので、この習慣もアフターコロナで無くなるかもしれないと少し思ったんですが、見事に復活してますね。

歓送迎会なんてやるの5~6年ぶりになるかなあ。

コロナになって以降、私のいた職場で歓送迎会が開かれるのは初めてです。いつもの日常というものに戻ってきているんですね。

辞めるAさんも「M派と安田大サーカス」というグループの幹事長でコロナ前には飲み会を取り仕切っていました。このグループを動かすにはAさんしかいません。ですからAさんがわが社を去ってもグループの幹事長職はそのままお願いすることになるでしょう。

このグループの会長兼ムットン調査団の団長も「それでOKだ」そうです。

いつもは、この時期に団長から異動者を含め団員諸君に対し、来る新年度に向けて談話等をだすのですが、今回は団長もイブクイックDX部長から異動になり談話どころではないとのことでした。

また落ち着いてきた時に頼んでみましょうかねえ。

〇田君は「団長のカビの生えたような談話など聞きたくねえんだよ、いつかは俺がこの組織のてっぺんを取るからよ、そこんとこよろしく」と相変わらずとんがっていました。

いずれにせよ、この4月は日本中の多くの職場で歓送迎会が復活することでしょう。

あれほどの猛威をふるい、全世界を震え上がらせたコロナもインフルエンザ並みに落ち着き、人類との共存を始めたみたいですね。

コロナの最盛期には通勤時間は電車がガラガラで、通常なら絶対に座れないのに毎日座って通勤することが出来て、飲食店も軒並み開店休業、多くの会社でリモートワークが行われ、これがこれからの働き方だと言われて、企業がオフィスの面積を小さくしているニュースもよくテレビで流れました。アフターコロナになってもこの流れは変わらないと言われていたのに、アッと言う間に朝晩の通勤電車は満員電車に戻ってしまいました。ほとんどの事がコロナ前に戻っているんでしょう。

大山鳴動して鼠一匹のような感じさえします。

100年後に人類が過去を振り返った時にはコロナ禍は歴史の一つになっており、かつてコロナが世界中で猛威をふるって500万人以上もの多くの人が亡くなったと、そして人類はコロナの恐怖に打ち勝ったと記録されているんでしょう。

これからも人類はたくましく生き延びていくんでしょう。

話がかなり脱線してしまいましたが、個々人においても、それぞれの人生があります。

生きていくためには、大きな波が何度もくるでしょう。それでもめけずに、各人の人生を歯を食いしばって、必死に前に進んでもらいたいと強く思っています。

この時期は本当に人生の岐路に立つ人が大勢いるので、迷いながら手探りで進んでいく人もいるでしょう、不安に押しつぶされそうな人も、夢と希望に心躍っている人も、失意のどん底にいる人もいるでしょう。

どのような状況であれ、時間は過ぎていきます、全ての人はいずれ必ず寿命が尽きて全員死ぬわけですから、それまでは前に進むしかないんだと思います。開けない夜は無いのですから。

Let‘s Bigin   Never Give up で行きましょう。

ムットン調査団260、まだ声がでない

各位

今週、月曜日の夜に再度、耳鼻咽喉科に行くことは前回書きました。

この時期、耳鼻咽喉科は滅茶苦茶混んでます。先週の土曜日に朝9時半開院だったので、まだ早いかなと思って9時前に病院に行ったら、すでに20人待ちの状態でした。

早い人は8時頃から外で待っているとの事でした。

月曜の夜も同じくらい待っている人がいました。

この時期、花粉症の人が多いのが一番の原因だと思いますが、風邪やインフルエンザ、コロナなどにかかっている人も多く待合室にいると何だか、うつってしまいそうです。

月曜日に一時間半くらい待ってやっと私の診察の時間になったので、出ない声を振り絞って先生に聞きました。「先生、金曜日から3日間薬を飲んでるのに声は出ないままなんです、全然良くなってないんですけど」と言ったら。

先生は「声枯れは3~4日なんかじゃ治らないよ」と少し怒った口調で言われてしまいました。はー、そんなものなんですね。

そして、一週間たった今、やはり声が出ません。

昨日は例月の会議があり私は毎月、言わなければならない事項があったので、読み上げる箇所は部下に代理で読んでもらいました。

会議に出席はしているんですが、発言は出来ない状態です。

先週も別の議があったのですが、やはり声が出ないのでずっと黙っていました。会議が終わる時に司会約のI課長が「今日は大〇部長は喉の具合が悪くて話ができなかったそうです」と言ってくれました。するとN課長が「どうりで今日はずっと黙ったままだったんですね。いつもは質問を一番多くしているのに、おかしなと思ったんですよ」と言ってました。

ほとんど出ない声を振り絞り「そうなんだよ」と言うのが精一杯でしたね。

元々、私は話好きなので会話が出来ないのは、こたえますね。高倉健みたいな無口な男だったら、それほどストレスは感じないのかもしれませんが。

ネットで調べたら声が元の状態に戻るには早い人で1~2週間で遅い人の場合2~3か月かかることもあるようです。

その間、なるべくしゃべらない事、部屋は加湿器などで湿度を保ち、寝る時もマスクをして寝ると良い。また、こまめに水分をとり喉を潤し、のど飴なども効果的であると」

要するに喉を使わず、乾燥させないことが肝心みたいです。

そんな訳で今週は職場でも、ほとんどしゃべらずに無口な上司として元から寡黙な人であったような感じで黙々と仕事をしていました。

他の人が話をしている時も、いつもならここで私も話に加わるんだけどと思う時が何度もきますが、そこは喉のためにぐっとこらえ、口を開かないように我慢をしていました。

寡黙な人とは今の私のように必要最低限のことしか話さない人なんですね。最も私は昨日の会議で最低限の事も話せなくて代読を頼んでしまいましたが。

喉に気を取られていたら今年度もあと一週間になってしまいました。やはり一年が過ぎるのって早いですね。

大学も卒業式シーズンになり電車の中でも袴姿の女学生をたくさん見ます。最後の学生気分を味わうラストイベントです。

そして卒業式が終わったら、数日ですぐ社会人になります。まだまだ学生でいたかったと思っているでしょうね。

そんな大学も四月になると新入生が入ってきます。すぐに入学式です。4年間なんてあっという間です、今、この時期を青春を輝いていて欲しいなと思います。

我が社にもたくさんの新人が入ってきます。

どの職場でも異動で他の部署に出ていく人、逆に他の部署から来る人。来るなかには新人もいます。

また出ていく中には3月31日でわが社を卒業する人達もたくさんいます。

今まで何十年の付き合いがあった人とも、あと一週間で会えなくなると思うと、やはり寂しいものがあります。

出会いと別れが交錯するこの季節はセンチな気分になるんです。

自分達の小学校、中学校、高校、大学の入学式、卒業式。

卒業式で泣いて入学式で気持ちを新たにする。

学生時代が終わると次は社会人になる時の入社式があります。

そして最後は静かにわが社を去っていくのです。

桜の花が散るがごとく。

ムットン調査団259、声がでない

各位

先週金曜日の夕方に声がかすれてきて、変だと思っていたら夜には声が全くでなくなってしまいました。土曜の朝一番で近所の耳鼻咽喉科に行き薬をもらって、すぐに飲みました。

これでもう大丈夫だと思っていたのですが、月曜になった今でも声が全くでません。

うーん、処方してもらった薬があわないのか、それとも声が出るまで時間がかかるものなのかがわかりません。

声を出す時はヒソヒソ話で話すやり方で声をだします、それにしても声が出せないとはこれほど不自由であったのかと改めて思い知らされた感じです。

普段、当たり前のように話せていたことの素晴らしさを再発見です。でも直ればまたそのことを忘れてしまうんでしょうね。

そんな訳で今日は時間休を取って耳鼻咽喉科に再度、行こうと思っていますので今日はこれにて終わりです。  んじゃ

ムットン調査団258、内示

各位

今年度も残すところ、あとわずかです。そして新年度と言えば人事異動です。

異動の年数に達している職員は3月に入ったくらいから異動の内示がいつ出るのかと、ソワソワしてきます。異動内示の前日くらいになるとドキドキ感がマックスになり仕事にも集中できない職員が出てきます。

この一週間くらい多くの職員からドキドキしているとか、不安でたまらないとか聞かされました。特に採用されて初めての異動になりそうな職員の不安が一番多そうでした。

それは仕方がないでしょう。異動したら全く新しい仕事を一から覚えなくてはならないので、ちゃんと出来るだろうかと不安になります。

その職場の人間関係も気になります。職場の雰囲気次第で楽しい職場にも暗い職場にもなりますから。まあ、もろもろ心配になるわけです。

それでも希望の場所に異動出来た人は期待感も高いので、不安よりも高揚感のほうが多く前向きに進んでいけます。

その逆で、内示を見た瞬間に絶望感に襲われる職員もいます。あそこだけは行きたくない、絶対に嫌だと。行く前から嫌で嫌で不安しかない状態になります。でも行ってみたら思ってたほどひどくなくて安心したというケースも良くあります。

住めば都というケースです、大方の職員は心配するほどでもなかったといくことが多いので、今最悪だと思っている人も多分、何とかなりますよ。

でも私の過去の異動の中で、行ったらさらに地獄だったということもがありましたから、これは何とも言えません。

後は運次第ですかね、そんな異動を何度も繰り返しながら一人前の職員になっていくわけです。一つの部署に長くいないで数年で異動することで、色々な仕事を覚えていきます。

福祉、環境、教育、街づくり、コミュニテイー、防災、など多くの職場で新しい経験を積み住民ニーズをつかみとっていける職員になります。

そんな訳で行きたい課に行けなかった皆さんも、後になれば良い経験になったときっと思うでしょう。くさらずに頑張っていきましょう。

異動に関しては辞令が出れば新しい職場で全力をつくすのは当たり前なので言うまでもありません。

仕事とは違う観点で見ると人生に大きな影響をもたらすケースが多いんです。どこの役所でも会社でも職場内結婚は多いと思います。

そうなんです、この人事異動という奴は思わぬ副産物をもたらすんです。職場内結婚をした職員の中で、付き合い始めた時は同じ職場だったという職員はたくさんいます。

同じ職場でなくても同じ階になって話すようになったとかもあります。また、職場が変わったことで他の部署との調整が増えて新しいつながりが出来たりします。

そんな訳で人事異動が結果的に新たな人と人を結び付けていくんです。なので人事異動によって人生が変わる人も大勢います。

私も人事異動によって人生が大きく変わってしまいました。まあこれは結果論ですが。昔のあの時の人事異動がなければ今の自分とは別の生活を送っています。

人事異動が悪いんじゃないんですよ、結果的に人事異動がいろんなことを誘発して自分の人生が変わってしまうようなことが起きるんです。

まあそれも含めて人生とは、ある割合で運に作用されると思っています。

自分の努力は必要ですが、努力だけではどうしようもないことが起こります。

その時に運が悪く、自分が思っていない方向に物事が進み戻ることが出来なくなってしまうことがあります。その時にもう、いいやと諦めては駄目なんです。

そこで運が悪かったことは受け入れて、必要以上に力まずに何とかなるさという、やや投げやり的な希望を持って前に進むことが肝要だと思います。

多分、何とかなるんです。生きている以上、何とかなるんです。もがいていれば風向きが変わり良い方向に動くことだってあります。

抽象的な話で何を言っているのか、わからないかもしれませんが人生はそれなりに頑張って、後は運にまかせる。駄目だと思っても諦めずに最後までもがいていれば別の道が開けることがあると言うことです。

まあ私的には、あまり力まず、肩ひじはらずに、楽なスタンスでそれなりに頑張るのがベターかなと思います。

さあ異動した皆さん、異動できなかった皆さん、新年度に新しい仲間と楽しい職場を作っていってください。

最後に今年度で役所をさる皆さん、本当にお疲れ様でした。

これからの皆さんの人生が幸多かれと願っています。ありがとうございました。

それでは、また。

ムットン調査団257、布団乾燥詐欺

各位

みなさん布団詐欺と聞くと、どんな事を想像しますか?

普通の羽毛布団を高級だと言って高く買わされるとかを想像しますよね。

違うんです、私のごく親しい人がやられた話を紹介します。

どのくらい前の話だったかは定かではありません。

その業者はマンションの1軒1軒を訪ねて、布団乾燥を無料で実施していると言いにきたそうです。

梅雨時で布団がなかなか干せない時だったそうです。業者がマンションの個々の家の玄関まで布団を取りに来てくれて乾燥機のついたトラックで乾燥して戻してくれるという話だったそうです。

私の知り合いは一家4人の布団を全部乾燥してもらうために、その業者にあずけたそうです。そしてある程度の時間が経ったら業者が来たので布団の乾燥が終わったのだと思ったそうです。

しかし業者はなんと「先程、出してもらった布団は全部、中のほうがもう駄目になっている、だから買い替えた方が良いので自分たちが用意している布団を買うのが良いと言ってきたそうです」

相手の勧めてきた布団は滅茶苦茶高い値段の布団だったそうです。この布団を使えば健康に良いから変えないと駄目だと言ったそうです。

ここで知り合いは、騙されたことに気づいたそうですが、布団は全部その業者がもっていってしまい、自分の手元にはありません。

自分たちの使っていた布団のどこが駄目なのかを聞くと、何が駄目なのかを、あれやこれやと、いろんな事を言ってまくしたてるそうです。

ちなみに知り合いの使っていた布団はまだ、それほど古くなっておらず綺麗な布団で羽毛布団が中心だったそうです。

それでも良いから布団を返してくれと頼んでも、あの布団をこのまま使っていては健康に悪いから駄目だとか、言って何を言っても返してくれなかったそうです。

それでも返してくれと言ったら、なんと、あの布団はもう使いものにならないから捨てておいてあげた。捨てる料金はサービスで業者が負担してあげるとのこと。

持っていったばかりの布団なので捨てているはずがないのに、もう捨ててあげたから無いというのです。

と言って、相手が売りつけてきたバカ高い布団を買うつもりは毛頭なかったそうです。

ただ普通の押し売りと違い、自分の家の布団がすべて相手方にあるので、もう帰ってくださいと言ってドアを閉めるわけにはいかなかったんです。

このまま業者を帰したら、今日の夜一家が寝る布団がないわけですから。

いくら我が家の布団を返してくてと言っても、まったく聞いてくれなかそうです。

困った知り合いは最後に数万円を渡して、お願いだからこれで布団を返してくれと頼んだそうです。

業者も最後は金をもらったので、しょうがないと布団を返してくれたそうです。

もちろん、布団は乾燥機などで処理されておらず、そのまま戻ってきたそうです。

それでも知り合いは、数万円で布団が無事に戻ってきてホットしたと言っていました。

ただより高いものはないとよく言ったものです。

善意で布団を乾燥してくれる業者なんてないと言うことです。

多分、業者は布団を乾燥しますだけでなく、きっと他に何か相手を納得させるような事を言っているはずです。なにも見返りを求めずに、無料で布団を乾燥しますと言ったら、みんな警戒して布団は渡さないと思います。

例えば今回はお試しで次回からは、お金をしっかり頂きます。今回はあくまで宣伝というこで無料にしますとか。そうでなければ私の知り合いも無警戒でほいほいと布団を全部渡さないと思います。

とにかく騙す方は相手の心理を考えてうまく騙す方法を次から次へと考えてきます。

我々も、知らない人が話をしにきたら常に騙されるの恐れがあるのではと相手を疑ってかからないと駄目だということです。

それにしても、よくこんな詐欺を考え付くもんだとあきれます。

いろんな詐欺の中から、効率よく大金を騙しとることになったのがオレオレ詐欺やキャッシュカードを預かるなどの最近の詐欺へと変わっていたのでしょう。

そして今も新たな手口を模索しており、私達の盲点をつくような詐欺が絶える事なく出てくるのでしょう。

いたちごっこのように新たな詐欺事件が続きます。人間の持っている悪の心がある限り続くんでしょう。

いつの日か地上から悪が駆逐される日は来るのでしょうか。

その時、善人だけが住む世界は人間にとって本当に居心地の良い楽園になっているでしょうか。善と悪が混然と交じり合っている今の世の中にこそ、生きる意味をみいだせるのかもしれませんよ。

こんな事を言っているようじゃ詐欺は永遠になくならないでしょう。

 

 

ムットン調査団256,行政書士

各位

今朝は家を出たら銀世界でそれなりに積もっていたのでびっくりしました。

この時期は雪が降ったり、気温が20度超えたりと、かなり荒い天候です。体調が乱れやすいので気負つけてください。

さて、今回の話ですが行政書士についてです。

少し前に書いた詐欺的な話の中で、昔私の知り合いが、言葉巧みに勧誘されて行政書士の資格を取るための本を何十万円をだして、たくさん買わされたことを書きました。

この資格、我々公務員は長くやっていれば申請すればいつでも貰えるので軽くみています。

でも、少し前のヤフーニュースを見ると少し考えさせられました。

このヤフーニュースで、ある有名な芸能人(俳優)の娘婿が合格率14%の難関国家資格に合格というタイトルで行政書士に合格と出ていました。

ニュースによれば「家族の支えがあり、挫折せずに続けられました。4年前の結婚を機に本腰を入れて、多い時には1日6時間勉強してきました。約13年間頑張ってきて本当によかった」と胸をなでおろした。日大生産工学部で電気を専攻した頃から勉強を始め、卒業後も含め今回で5回目の受験。受験者4万6991中6571人が合格し、競争率は13.98%だった。「近く正式な手続きを経て行政書士の看板を掲げます。災害被災者や山岳遭難者の発見や映画のロケなどに使うドローン飛行の申請のほか、海外からの帰化申請を行う書類の作成など、具体的な代行業務を始めたい」と意欲満々。すでにドローン操縦の国家資格「二等無人航空機操縦士」も持っている。

アクション俳優としての活動も続け、行政書士としての法律知識とますます用途の広がるドローンも操る、頼りがいのある三刀流で多彩な活躍を目指す。と書いてありました。

なるほど、我々は単独で行政書士を考えていましたが、それにほかの資格などを結び付けると、この資格も活きてくるのかもしれません。

でも、私の先輩で元部長のAさんは数年前自宅で行政書士の事務所を立ち上げました。確か宅建の資格も持っていたような気がします。

商売はどんな感じか聞いとことがあります、年間数十万円くらしか仕事はないよと言っていました。まあAさんは金には全く困っていなくて暇潰しでやっているようなものなので、それなりに満足しているようです。

でも多くの公務員はこの資格をうまく活用できないと思います。もし我々がこの資格ですぐに商売で儲けられるなら全国の公務員OBが一斉に行政書士になってしまいます。

そうなると、全国そこら中、行政書士だらけになってしまい価値が急落します。

多分、行政書士社会保険労務士なども持っていれば何とかなるのかもしれませんが、それでも公務員を辞めてまでなるのは危険です。

定年後に雇われてアルバイトのようにやるなら、ちょうど良いのかもしれません。自分で商売を始めるのは大変です。

商売を始めるには絶対商才がないと駄目だと思います、これは努力で何とかなるものかどうかはわかりません。

行政書士でも商才のある人は大儲けしている人は確かにいます。前にも書いたけど相続の手続きなど、ネットで検索すると弁護士、司法書士、税理士、行政書士が我こそはと宣伝しています。

なので弁護士も一緒になっての顧客争奪戦になっているんです。

だから司法試験に合格したって、そんなに儲けられない人がたくさんいるんですかね

団長と10年以上前に話をした時に、私が団長に「今、もし司法試験に合格したら役所を辞めて弁護士になるか?」と聞いたら団長は「絶対に辞めないよ、この歳で弁護士になるより今のままのほうが絶対に豊だから」と言っていました。

そんな感じだから公務員を定年退職した後で行政書士になる人は一握りなんでしょう。

まあ普通に考えて、事務所なんかを設立したらそれだけで経費がかかって大赤字になりそうですから、誰もやりません。

先輩のAさんはビルを持っていて貸しているだけで大金が入ってきます、そんなビルの一部を貸さずに自分の事務所にしたので経費がほとんど、かかっていません。

と言うより、商売をしないで、そこを貸したほうが、よっぽど儲かると言っていたので、やはり道楽で行政書士の仕事をしているんですかねえ。

行政書士とは、なんとも微妙な資格だと思います。

たまたまニュースで行政書士合格を見たので、何となく書いてみました。

これ以上、特にこの資格について勉強していないので、これ以上行政書士について掘り下げて書くことがないので今日はこれにて終わり。  んじゃ。

ムットン調査団255、団長が今日もご機嫌

各位

予算議会の真っただ中ですが団長がすこぶる機嫌が良いのです。

なぜ機嫌が良いのかすぐにわかりました。

ある記事が新聞に載っていました。全国約580の自治体と連携して地方移住に関する情報を提供する認定NPO法人ふるさと回帰支援センターは3月1日に、2023年の移住希望地ランキングを発表しました。

最も人気の高かったのは静岡県で4年連続の首位でした。これで団長が機嫌が良い理由がわかりました。

ちなみに2位は群馬県で前年9位から大きく順位を上げています。

ちなみに、ベスト10は1位静岡県、2位群馬県、3位栃木県、4位長野県、5位宮城県、6位福岡県、7位北海道、8位山梨県、9位山口県、10位広島県となっています。

静岡県以外はすべて順位が動いています、静岡県だけが首位で動いていないんです。

静岡県は東京圏へのアクセスの良さや利便性の高さが好感され、幅広い世代から人気を集めているそうです。

2位の群馬県は教育費や生活費の割安感から子育て世代からの相談が急増したそうです。

年代別では20代以下と40代では群馬県。それ以外の年代は静岡県が全て首位でした。

静岡人気、すごいですね。団長に詳しく聞いてみました。

団長曰く「静岡がすごいのは当たり前である、ただし静岡人気をけん引しているのは浜松である。熱海や伊豆も悪くはないが所詮は観光地である。静岡市は県庁所在地だからと自分たちが一番だと思っている鼻持ちならない町である。

やはり住むならば浜松である。静岡県全体では海の幸に恵まれているが、浜松は海に加えて浜名湖がある。その浜名湖があるので浜松市はウナギ養殖が出来るのである。浜松はウナギ養殖発祥の地であり、100年以上の歴史があるのだ、浜名湖のウナギは知名度でも全国的である。さらに浜名湖ではすっぽんの養殖も盛んである。

私がこのように精力的なのはウナギやすっぽんを食べて育ったからである。

ただ最近はウナギの値段が高くてそう頻繁に食べられないのが残念である。

でも大丈夫、浜松には春華堂のウナギパイがあるから。ウナギが食べたくても食べれない時は、このウナギパイを食べれば、元気百倍になるのである。つまり何事も気合が肝心ということである。ウナギがなけれが春華堂のウナギパイをウナギと思って食べ、春華堂のウナギパイがない時は不二家のパイや源氏パイをウナギパイだと思って食べれば、そう思い込めるのである。浜松市民はこのように艱難辛苦を乗り越えるだけの根性があるのである。

これこそが浜松北高校の校風を育てたのである。自主独立の精神を基盤とし、勉強だけでなく行事や部活動を大事にしてきたのだ。そのうえで伝統は重んじるが校風は自由そのもの。まさに浜松の気風は浜松北そのものである。今後も浜松が全国一を続けることを祈っている。以上」

団長の話はだいぶずれてしまいましたが、要は静岡を支えているのは浜松であり、今後も浜松が静岡全体の底上げのために市民一丸となって努力すると言いたかったみたいです。

おっと今回も〇田君が団長にからもうとしています。

〇田君「前にも言ったけど神奈川は湘南の海もあるし、横浜港だってある。箱根や鎌倉の観光地もかかえている。でも住むならばやはり相模原である。

地に足の着いた町、それが相模原であり、相模原高校もその中で伝統を育んできたんだ。

そして相模原高校こそが「根性」を校訓の一つにしている稀有な高校なのだ。

神奈川県立相模原高等学校、通称県相の校訓は「礼節、信義、根性」である。異常なまでの国公立信仰はもはや狂気ではあるが、狂気最高、また学校内で自称進学校発言は禁句である、自分たちはそんなおごった気持ちを持っては駄目なのである。つねに相模原市民とともに歩む覚悟なのだ。県相万歳、県相万歳

どうだ団長、根性なら俺は負けないぜ、いつでも勝負してやるぜ」

管理職になって落ち着いてきたと思っていたのですが、やはりまだまだとがっていました。

久しぶりに米〇君がきました。「やれやれ、まだ〇田君はとがっているんですね、いつも言っているように、もう少し大人になろうよ」

〇田君「だまれ米〇、お前この間の区民〇〇大会で酒飲んで、町会応援団席でべろべろになってただろう、さらにベロベロのまま本部にきて絡んでたのを覚えてないだろ」

米〇君「〇田君、その話は内緒だよ言わないでくれ僕のイメージが台無しだ」

〇田君「当日、みんながベロベロのお前を見ているから今さら遅いは一昨日きやがれ」

おー相変わらず仲の良い二人ですね。いつまでも親友でいることでしょう。

今回も、まとまりのない話になってしまいました。

静岡県が移住したい場所NO1は事実なので、きっと住みよい街なのでしょう。

団長は余生は静岡と翔んで埼玉のどちらにいるんでしょう。

住めば都ともいいますから。 んじゃ